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カティーサークの誕生

カティーサークの誕生

カティーサークの最初の船主となったジョン・ウィリス(John Willis)は1850年代よりLammermuir、Whiteadderといったティークリッパーをティーレースに参戦させてきたが、勝利することは出来なかった。1868年,ジョン・ウィリスは、Scott&Linton社に最速のティークリッパーの建造を依頼する。同社のハークレス・リントン(Hercules Linton)の設計による船体は高い安定性を有し、他のティークリッパーに比べ荒天時の取り扱いが容易であった。

1869年11月22日、ダンバートン(Dumbarton)にて進水式がとり行われる。皮肉なことに前週の11月17日にスエズ運河が開通したところであり、帆船時代は急速に終焉を迎えようとしていた。

カティーサークは、中国からイギリスまで107日から122日で紅茶を輸送することができた。ティークリッパーとして極めて優秀な成績であったが、最短輸送期間の記録を更新することも、ティーレースに勝利することもできなかった。

カティーサークの前に立ちはだかったのが、サーモピレー(Thermopylae)である。1872年、カティーサークとサーモピレーは熾烈な競争を演じた。両船共に6月17日に上海を出港。カティーサークは南東の貿易風を捕らえるとサーモピレーを最大400マイルと大きく引き離した。しかし、8月17日、悪天候によりカティーサークは舵を破損してしまった。応急処置が行われたものの、その間にサーモピレーに追い抜かれてしまった。結局、サーモピレーの 115日に遅れること1週間、カティーサークは122日でイギリスに到着した。この頃を最後に帆船による紅茶輸送は急激に衰退してしまった。


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2008年09月04日 19:10に投稿されたエントリーのページです。

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